宗教の果たす役割とは何だろうか?
世に宗教家は多いが、その宗教家や宗教人の存在の意義とは何だろうか?
共産主義者に言わせれば。「宗教は阿片」であるから、人間社会には必要のないものとういう結論である。それで宗教抹殺制作を取った。宗教人の大虐殺や寺院の破壊である。
今でも、世の中唯物的な人々がいて、彼らは宗教を否定する。
「神などいない」と言う。
宗教の果たす役割とは何か?
それは人間の心を扱う仕事である。
真の宗教人とは、人々の心をより良く仕向けて、それらの人々が心豊かに暮らせるように仕向けることである。
偉大な宗教家というのはことごとく人間の心のあり方を問おている。
人間の心が良くなれば人間関係も良くなり、人間と物質の関係も良くなる。病気も治ったり、経済問題も解決したりする。
真の宗教とは何か?少しずつ考えてみたい。
「蕩減」ということも並行して考えてみたい。
宗教とは何か?とその語源を尋ねてみると、そもそも宗教という言葉は英語の「Religin]の訳語として明治の時代に創られた言葉らしい。そもそもReligionとは一神教のことを指し、神と人との関係性という意味から来ているので、日本の八百万の神とは意味が違う。それでも今日「宗教」という言葉の中には日本の八百万の神を信じる諸宗教、神道なども含めた意味で使っている。
そもそも「宗教的とは?」とのタイトルを掲げたのだが、「宗教的」とは何なのか?
「宗教」に対比する言葉として「科学」があるが、科学的とは何か?それに反対する意味から「宗教的」ということを考えてみよう。
宗教には修道者としての側面と宗教団体としての側面がある。
本来の宗教は、修道者が切り開いたものである。
神との関係がReligionだとすると、無形な存在である「神」と人とを繋ぐ何らかの方法や手段を持つものが「宗教的」と言えるのではないか?
祈祷や自己鍛錬で精神性を高め、宇宙の意志のようなものを感得する能力を養う。
主に「心」の面の修養は祈祷や瞑想、高邁な先人の書などを参考に自身の精神性のレベルを高めていく。
問題はその応用である。精神性を高めることで、精神的な問題の解決だけでなく、身体的な異状も復元できたり、経済社会生活にも良い影響を及ぼすことがある。いわゆるご利益である。
多くの民衆は現実的「利益」を求めて殺到する。
ここで本来の趣旨である、精神性の高揚という目的が損なわれてしまうことがある。
それが宗教団体の腐敗や堕落につながる。
人間精神の絶対性というものはもろくも潰えさってしまうことが多い。
人間社会の持つ様々な葛藤や矛盾と闘うことにもなっていく。
宗教の持つ重要性の一つが倫理性、同徳性の高揚である。
特に家庭内における倫理性、道徳性の高揚は今日社会の緊要の問題にもなっている。
政治や経済活動、その他もろもろの社会的課題に「宗教的」解決策が求められている現代ではある。
引用:平和世界を求めて
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