ブログ村通信

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April 2014



韓国全体が心理的打撃を受けているという報道がされています。これは、友人を通じて伝わってくる話でも同じです。

昨日、統一教会の状況を、修復不能を超えて、沈没する運命になった船、爆弾のスイッチを自分で入れてしまった船に例えました。

でも、統一教会は、船ではなく、その中にいる人は、水の中に沈んで死ぬわけではありません。

しかし、船が沈没する運命にあるとわかった時、それが天災でなく人災である、と感じた時、人々はどのようになるでしょうか?

自殺とか、殺人とか、そういう事が起きる可能性を示唆しても、それほど荒唐無稽ではない、と感じる人もいるのではないでしょうか?既にそれに似たような事が去年起きたのですから。

私は事あるごとに、自己憐憫と傲慢を避けて、感謝と謙遜の姿勢が必要だ、という言葉を統一教会の皆さんに伝えようとしています。

これは、文顕進理事長が繰り返し語られる事です。文顕進理事長は、恨みを持とうとすれば、どれほど恨みを持つ事ができる事を通過したのでしょうか?でも、恨んでいるのではない事を、今年の始めの祈祷のビデオを見ればわかるではないですか?

このブログは、あくまでも統一教会の人たちに向けて書いています。まだ、圧倒的多数の人たちは、「船内にとどまりなさい」と言われて、耳を閉ざしていますが、自分の判断で外に出てみる事を選んだ人たちもいるからです。

最近、文顕進理事長が語られた事から引用しておきます。


「多くの二世たちは、霊的に成熟していませんでした。(それで)私は、蕩減という言葉のかわりに、チャレンジという言葉を使ったのです。彼らは、不快な事と関わりたくありませんでした。痛みに集中するのなら、私についてくるのは難しい事です。それ以外の理由がなければなりません。

私たちの心の姿勢の問題なのです。不快感と痛みに、自分が征服されるのを許してしまうのなら、動く事ができません。それはまるで人生のようではありませんか?

自分が克服する事を選ばなければ、克服する事はありません。だから、自己憐憫と傲慢という(サタンの入り口である)二つのドアを閉めておけば、克服する事ができるのです。私は“こぼれたミルクに関して泣く“事はありません。そして、二つのドアを閉めるのです。そして、皆さんは、神様の権威によって、克服するのです。」


主に二世に関して語られた言葉ですが、普遍性がある事が、わかる人にはわかる、言葉ではないでしょうか?

沢山の恨みが統一教会の中にもまわりにも渦巻いているのに、それに火がつく時が来るかもしれない、その時に、自分が焼き殺される事から守ってくれるものとは何なのでしょうか?


引用:パシセラ (Paci-fi-Cera) のブログ

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家庭において十分に愛されることは特別なことではありません
家庭は愛の闘いの場ではなく、ましてや自己否定の訓練場でもありません

愛は何処からともなくそこに集まり、惜しみなく与えたいという思いが増大し
喜んで犠牲になることが出来る本然の世界を味わう場です

すぐそばにある小さな命を、神様からの贈り物と思い
笑ったり泣いたりする何気ない毎日の出来事に、酔いしれるような日々です

誰にも教えられていないのに、愛することが出来る不思議さ・・・
それは神様から良心を通して送られたギフトだと思いませんか?

愛情たっぷりに育てられた子供は心に平和が生まれ
与えられた命を大切に扱うことが出来ます

生まれてきてよかったのだという事、望まれて生まれてきたのだという事
自分の中に無限の可能性があることを信じることが出来
両親から与えられた心と体を大切にするように
関わるすべての人間を大切にすることが出来るようになるのです

それが自己を肯定する力です(自己肯定感とも言います)
この力は主に家庭で育まれます・・・ここが重要ですね

生まれてきた意味や、どのように生きるべきかは家庭で学ぶと言っていいでしょう

天国の出発は家庭から・・・それは統一教会が打ち出した理想ではなく
古から、普遍に繋がれてきた真理だと言えます

家庭は愛の教会と表現していた時もありましたね

祝福家庭は誰よりも、どこよりも早く、理想家庭を世間に
知らしめる使命があったのではないでしょうか
それは30年前子女の時代が始まった時から待たれていたと思います

そして、その見本となるべきは真の家庭であったはずです


生命視しなければならなかった理想家庭の形成は
「摂理」といううねりの中でないがしろにされてきたのでしょうか

それとも、「摂理」を追っていけば理想家庭も自動的に形成されると
またしても勘違いしてしまったのでしょうか

考えてみれば私たちは両親に愛されてきたと言いながらも
どこかで満足できていない部分がありました

神様や真の父母様に愛されたと感じるたびに、愛のない自分であることに
気付かされるような場合もあります

真の、不変の、永遠の愛を体験していない私
それは両親や祖父母もまた同じ立場です

悲しいですが、満点の愛は受けていない私たちです

だから、家庭の中でも愛する闘いが起きるのかなと思います
夫や妻を愛するために条件を立てた経験のある方はたくさんいるでしょうね

それでも幸いなことに私たちは真の愛の存在を知りました
神様の愛を知っているのです
愛を受けていない立場であっても、祈りの中で求めていくことは出来ます

真の愛がどんなものなのか、たくさんのみ言葉も残っています
そして何よりも私たちは想像することが出来るのです
これは人間に与えられた素晴らしい能力だと私は思っています

「真の愛ってなんだよ」と思う人がいたら想像してみて下さい
あなたが生まれた日に、家族が貴方を覗き込んで微笑んでいた場面を

命の誕生を無条件に喜ぶ尊い時間がありました
この命のためにあらゆる人が名前を変えるのです
妻から母へ、父からおじいちゃんへ、と

健やかに育ってほしい、幸せになってほしいそれだけで
心は満たされていたはずです


統一家は毎日祈っている筈なのに、愛が足りない感じがします
毎日祈っていたら、日本の皇后陛下のように「生きていてくれてありがとう」と
誰にでも言えるはずなのです

「この方は本当に毎日祈ってるらしいよ。だから、遠くから見ただけで涙が出るんだね」
と、私の姉は言っていました

そんな人にならなければなりませんね(自分の事は棚に上げています(^_^;)



生きていくための基本的な力を育むべき家庭は
なかなか順調に機能する事は出来ませんが
到達するべき理想がはっきりしているのですから修正が効きます
それはとても幸せなことですね

真の家庭も一つの家庭が機能していれば、それにならって修正する事は可能だと考えます
その貴重なたった一つの家庭を守る為に再出発しなければなりませんね

勘違いしてしまった過去を改め、本来真の家庭に対して統一家がどのような立場に立って守り、
それに続いていかなければならなかったかを明確にしながら
リスタートする時ではないかと思います

神様からの審判を待つのは悲しい事です
自らが再出発のために覚悟していくことこそ
神様が願われている事なのではないでしょうか

 

待ってないでドンドン来いよ・・・・と
これだけいろんなことをやらかしたんだから怖いものないでしょ?
喜んで地獄に行こうよ、待ってるからさっ

・・・なんて、神様は思っていたりして




※自己肯定力(感)については検索してみて下さい



 引用:しあわせなオリーブの木

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