※この記事は昨年の10月にアップしたものを
若干書き換えてアップしています

毎日うんざりするようなブログ記事がアップされていましたが
最近は慣れてしまったのかあまり衝撃を感じられません

何があってもおかしくないし、どうなってもおかしくない状況です

木彫りのフクロウをビジネスクラスで送ったという証しを聞いても
そのフクロウを日本食口だとして和動会が行われても・・・

そういえば確か「十戒」の映画に、金の子牛を囲んで
狂乱の宴に酔う場面があったな~と思い出すくらいが関の山です


そろそろ終焉を迎えているでしょうか
それとも最後の最後に決定打が待っているのでしょうか?

誰もが崩壊することを望んでいるわけではないですが
いびつに膨張した組織が静かに小さく収まる気配を見せています

うんざりした記事も、腹の立つ内容も
全ては現実のことと受け止めながら
行くべき方向を自分で考えて選択していくしかありませんよね

神様の願いに反した摂理的中心人物や団体は
例外なく打たれていくのですね それも無残な形で

私たちは今、まさしく審判されています

日々あからさまになって行く統一教のあらゆる問題は
審判以外の何物でもないのに、まだ試練だとか迫害だとか
思っている方もいるようです

以前、「脳内お花畑状態」という言葉を見て
そこまで言わなくても、と思いましたが
最近は良く言い当てていると感心しています

まさしくお花畑で「あはは・・・」と言いながら
蝶を追っているような状態が想像されます


問題が起きたら、そのことを悟って修正し、悔い改め
新しい出発をすればよいだけなのですが
たくさんのしがらみがあるとそうもいかないようです

イエス様は全てに時がある、と言われました
それは恩情の言葉であり、冷徹な言葉でもあります

悔い改めるにも時がある
再出発するにも時がある
そして、その時を失ったとき
摂理の中心だった痕跡が消えて
ただの残骸だけが残っていくのかもしれません

まるで本来そこに落ち着くはずだったかのように・・・

統一運動というグローバルな世界から
ひとつの宗教団体に落ち着くのが最終的な落としどころのようです

それもいいでしょう

宗教団体という特殊な世界から天国が造られていくのを見続けることも
ひとつの審判の形なのでしょう 残酷ですね

宗教という囲いは自分たちだけが信じていければ
他を説得する必要もない世界を作ります

万民に受け入れられる道をあきらめて
誰も入ることのできない修道院のような世界に収まる
それが終末に際しての審判の結果かもしれません

今、すがすがしく生きていられたらそれが幸せなのではないでしょうか
さらにこれからはもっとすがすがしく生きられるという希望の予感を
胸に抱いていける事です

少なくとも神様に向かっているという確信こそが救いなのかもしれません

一歩踏み出すことでその恩恵にあずかれるかもしれません
遠回りでもいいではありませんか?
逆の方向に歩み続けるよりは神様に近づいています



引用:しあわせなオリーブの木

ブログ主様ありがとうございます


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村

・・・・・・メルマガ登録は以下より・・・・・・・

普段、パソコンやスマホに触れることのない食口たち全てに教えてください携帯メールにこのメールマガジンが配信できるように、身近な婦人たちの為に、お手伝いをしてください。

以下の入力欄にあなたのメールアドレスを入れて【購読】をクリックしてください
(購読と書いてありますが完全に無料です)

アドレス:




こちらに空メールを送っても登録できます。


また、直接食口の携帯メールへ伝える場合は、
sub-3btdbzqjk3r-akb@www2.skynetdm.com
上記アドレスを直接携帯に入力し件名・本文を書かないで送信ボタンを押してください
*うまくいかないときは、件名欄・本文欄にスペースを一つ入れてやってみてください。