ブログ村通信

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カテゴリ: メルマガ配信予定記事

※あるセラピストさんのブログより一部拝借しました

「本当にね、嫌ならね、止めたっていいだよ」そう言うと決まってこう返ってくる。
「でも~」「だって~」・・・じゃ、どうしたいの?

「悩んでいるんです・・・」「苦しんでいるんです・・・」
グチって心が軽くなるなら、吐き出せばいい。

心や体が病んでしまうくらいなら、人に話してスッキリするのも良い方法だもの!

でも、同じことをグルグルと巡っているなら、ちょっと話は違ってくる。
根本的な解決策を見つけないと、前に進むことはできない。

何かを得れば何かを失うことになる。
「自由」を手に入れればその分「責任」を負うことになる。
かと言ってこのまま動かなければ今の苦しい気持ちは変わらないでしょうね。

自分が何を求めているのか、本当に分かっているのかな?
世間からの評価?後ろ指を指されないこと?汚点の無い人生?

あなたが何かをすれば、それに誰かが反応して
その反応が嫌な事だったら、傷付いて被害者になって・・・
誰かのせいにして生きて行く。

本当にそんな生き方でいいのかな?
本当はどこかでうっすらと気づいているはず。

誰でもない、自分が自分のことを縛っているんだって。
それを「だって○○が・・・」「でも〇〇が・・・」と言って
誰かのせいにしているだけなんだよね。

そうやって誰かのせいにしているうちは「楽」だもの。
自分に「責任」を負わなくて良いから。

自分が好きで選んだ道なら、いいえ、好きでなくても選んだ道ならば
「責任」を持って生きなくっちゃいけない。

選択権はいつだってあなたの手の中にあるんだよ!

もし、いまものすごく不幸で苦しくたって必ず道は会って
そしてそれは自分で選ぶことが出来る。

それが「出来ない」と思っているのは、「精神的な従属」という自己暗示に陥ってしまっているから。
あなたを困らせている人に、嫌でも従わなくてはいけないというね。

自己暗示は自分でしか解けないけど、その気になれば誰だって解くことは出来る。

出来ないんじゃなくて、やろうとしないだけでは?
無理なんじゃなくて、面倒なだけでは?選ぶのはいつだって自分。

あなたの人生の主人公はあなたしかいないのだから。

忘れないで欲しい。
あなたの人生を悪くしている人がいるとしたら
その環境から抜け出す努力をしない、自分自身なんだって。

無理に我慢して、自分を殺して耐えている、自分自身なんだって。

もう一度言うよ。「本当にね、嫌ならね、止めたっていいんだよ」
その後の自分にきちんと責任を取ることが出来るなら、
勇気を持って止めるもの、幸せになる手段の一つかもしれないよね。


※みんな、その後の自分に責任が持てなくて、留まっているのかもしれません
 でも・・・世の中、どんなことをしたって生きて行けますよ
 
 手かせ足かせになっていると思っていた人が、実は最大の協力者だったりします
 まだ見ぬ世界に足を踏み出す事は勇気のいる事ですが
 神様と一緒なんですから、勇気を持って下さい
 
 あなたがずーっと感じてきたことは良心の声でしょう
 あなたがずーっと考えてきたことはきっと当たってます




引用:しあわせなオリーブの木

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今日はなぜか、入教した時の事を思い出しました。
3日間のセミナーで主を証されてから、間もない頃でした。私は、学生時代に取った車の免許はあるものの、ペーパードライバーでした。それでもその日は意気込んでいて、父の車に衣裳ケースひとつと、カバンを詰め込んで家を出発したのです。(家出?) 両親は仕事で忙しく、私が何をしようとしているのか分からなかったと思います。一時間半くらい車を飛ばして教会に着くと、荷物を降ろしてから再び家に向かいました。父の車を返さなければならなかったからです。家に車を置くと、「じゃ、私行くからね」と言って、今度は電車に乗って教会に行ったのでした。

この時期の事を思い出すと、両親には本当に親不幸をしたと思います。当時は使命感に燃ていて、何も見えませんでした。今考えれば、あまりにも親の心を傷つけてしまったと反省しています。あれから30年が過ぎました。
*****************

韓国では、救援派(宗教団体)の施設を捜査しましたが、教祖であるユ・ビョンオン一家の手がかりは掴めませんでした。信徒は「命懸け」の決意でユ・ビョンオンを守ろうとしています。“信じる”と言うことは尊いと思いますが、何(or誰)を信じるのかで、恐ろしい結果にもなります。

ユ・ビョンオンは「金持ちは天国に行けない」と言っていたそうです。信徒は、それを信じて献金したり土地の献上をしたりして来たようです。ユ・ビョンオンは大金持ちなのに・・。信徒は知らないことが多いそうです。「新聞やTVは嘘ばかりだから見るな」という教育を受けていると言います。世間は救援派のことをカルト集団と呼んでいます。韓国のサイバー宗教被害対策委員会というサイトには、「救援派」と一緒に「統一教」が出てきます。情けない事になっています。お父様のみ言は伝えていかなければならないけれど、その手段として「統一教会」は使えないと痛感します。


引用:cocoaのブログ

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「一粒の麦」という話があります。

昔ある方から、その方はクリスチャンでありまた陽明学者の安岡正篤先生の弟子でもありました。
有名な日本のキリスト教伝道者賀川豊彦の書いた「一粒の麦」の本をお借りして読んだことがあります。

「一粒の麦地に落ちて死なずば・・・」という有名な聖書のことばです。

種は地に落ちて、そこから新しい生命の誕生が始まります。血統の繁殖が始まるのです。
いつまでも木に実ったままでいることはできません。

地に落ちた種はその全てが実るわけではありません。鳥に食われたり、雑草に多い被されたり、あるいは枯れて朽ちてしまったり・・・

最近考えることは~「祝福家庭は種だ」という事です。
種は接木されていますが、それをどのように育てるかは自身の責任分担です。
環境も自ら選択します。栄養も自ら求めなければならないでしょう。鳥や獣からも自ら守らなければなりません。

それでも地の果てにまで出かけて行って芽を出しなさいと教えられてきました。あるいは故郷に根付かせることが我々の使命です。

血統の言うのは目には見えません。もちろん、生命も愛も見えるものではありません。それでもその現象は見ることができます。

今我々はその種をどのように育ててきたのかを問求める時です。
その血統のもとの木はその役目を終えて、残された沢山の種に全てを託されています。

もうすでにその種を大事に育てて芽を出し子や孫も得て繁殖を始めているところもあるでしょう。

地に落ちることを怖がっていつまでももとの木に留まろうとしていいる種もあるようです。
それらは最後、荒い鳥の餌になるだけかもしれません。もうすでになっているのかもしれません。

私たちはしっかりとした意思を持ち、種から芽を出し育っていく立派な種にならなければなりません。すべての種にその可能性が託されている今の時であろうと思います。


引用:キビコジのブログ

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宗教の果たす役割とは何だろうか?
世に宗教家は多いが、その宗教家や宗教人の存在の意義とは何だろうか?

共産主義者に言わせれば。「宗教は阿片」であるから、人間社会には必要のないものとういう結論である。それで宗教抹殺制作を取った。宗教人の大虐殺や寺院の破壊である。

今でも、世の中唯物的な人々がいて、彼らは宗教を否定する。
「神などいない」と言う。

宗教の果たす役割とは何か?
それは人間の心を扱う仕事である。
真の宗教人とは、人々の心をより良く仕向けて、それらの人々が心豊かに暮らせるように仕向けることである。

偉大な宗教家というのはことごとく人間の心のあり方を問おている。
人間の心が良くなれば人間関係も良くなり、人間と物質の関係も良くなる。病気も治ったり、経済問題も解決したりする。

真の宗教とは何か?少しずつ考えてみたい。
「蕩減」ということも並行して考えてみたい。

 宗教とは何か?とその語源を尋ねてみると、そもそも宗教という言葉は英語の「Religin]の訳語として明治の時代に創られた言葉らしい。そもそもReligionとは一神教のことを指し、神と人との関係性という意味から来ているので、日本の八百万の神とは意味が違う。それでも今日「宗教」という言葉の中には日本の八百万の神を信じる諸宗教、神道なども含めた意味で使っている。

そもそも「宗教的とは?」とのタイトルを掲げたのだが、「宗教的」とは何なのか?
「宗教」に対比する言葉として「科学」があるが、科学的とは何か?それに反対する意味から「宗教的」ということを考えてみよう。

宗教には修道者としての側面と宗教団体としての側面がある。
本来の宗教は、修道者が切り開いたものである。
神との関係がReligionだとすると、無形な存在である「神」と人とを繋ぐ何らかの方法や手段を持つものが「宗教的」と言えるのではないか?

祈祷や自己鍛錬で精神性を高め、宇宙の意志のようなものを感得する能力を養う。
主に「心」の面の修養は祈祷や瞑想、高邁な先人の書などを参考に自身の精神性のレベルを高めていく。

問題はその応用である。精神性を高めることで、精神的な問題の解決だけでなく、身体的な異状も復元できたり、経済社会生活にも良い影響を及ぼすことがある。いわゆるご利益である。

多くの民衆は現実的「利益」を求めて殺到する。

ここで本来の趣旨である、精神性の高揚という目的が損なわれてしまうことがある。
それが宗教団体の腐敗や堕落につながる。

人間精神の絶対性というものはもろくも潰えさってしまうことが多い。

人間社会の持つ様々な葛藤や矛盾と闘うことにもなっていく。

宗教の持つ重要性の一つが倫理性、同徳性の高揚である。
特に家庭内における倫理性、道徳性の高揚は今日社会の緊要の問題にもなっている。

政治や経済活動、その他もろもろの社会的課題に「宗教的」解決策が求められている現代ではある。



引用:平和世界を求めて

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韓国全体が心理的打撃を受けているという報道がされています。これは、友人を通じて伝わってくる話でも同じです。

昨日、統一教会の状況を、修復不能を超えて、沈没する運命になった船、爆弾のスイッチを自分で入れてしまった船に例えました。

でも、統一教会は、船ではなく、その中にいる人は、水の中に沈んで死ぬわけではありません。

しかし、船が沈没する運命にあるとわかった時、それが天災でなく人災である、と感じた時、人々はどのようになるでしょうか?

自殺とか、殺人とか、そういう事が起きる可能性を示唆しても、それほど荒唐無稽ではない、と感じる人もいるのではないでしょうか?既にそれに似たような事が去年起きたのですから。

私は事あるごとに、自己憐憫と傲慢を避けて、感謝と謙遜の姿勢が必要だ、という言葉を統一教会の皆さんに伝えようとしています。

これは、文顕進理事長が繰り返し語られる事です。文顕進理事長は、恨みを持とうとすれば、どれほど恨みを持つ事ができる事を通過したのでしょうか?でも、恨んでいるのではない事を、今年の始めの祈祷のビデオを見ればわかるではないですか?

このブログは、あくまでも統一教会の人たちに向けて書いています。まだ、圧倒的多数の人たちは、「船内にとどまりなさい」と言われて、耳を閉ざしていますが、自分の判断で外に出てみる事を選んだ人たちもいるからです。

最近、文顕進理事長が語られた事から引用しておきます。


「多くの二世たちは、霊的に成熟していませんでした。(それで)私は、蕩減という言葉のかわりに、チャレンジという言葉を使ったのです。彼らは、不快な事と関わりたくありませんでした。痛みに集中するのなら、私についてくるのは難しい事です。それ以外の理由がなければなりません。

私たちの心の姿勢の問題なのです。不快感と痛みに、自分が征服されるのを許してしまうのなら、動く事ができません。それはまるで人生のようではありませんか?

自分が克服する事を選ばなければ、克服する事はありません。だから、自己憐憫と傲慢という(サタンの入り口である)二つのドアを閉めておけば、克服する事ができるのです。私は“こぼれたミルクに関して泣く“事はありません。そして、二つのドアを閉めるのです。そして、皆さんは、神様の権威によって、克服するのです。」


主に二世に関して語られた言葉ですが、普遍性がある事が、わかる人にはわかる、言葉ではないでしょうか?

沢山の恨みが統一教会の中にもまわりにも渦巻いているのに、それに火がつく時が来るかもしれない、その時に、自分が焼き殺される事から守ってくれるものとは何なのでしょうか?


引用:パシセラ (Paci-fi-Cera) のブログ

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家庭において十分に愛されることは特別なことではありません
家庭は愛の闘いの場ではなく、ましてや自己否定の訓練場でもありません

愛は何処からともなくそこに集まり、惜しみなく与えたいという思いが増大し
喜んで犠牲になることが出来る本然の世界を味わう場です

すぐそばにある小さな命を、神様からの贈り物と思い
笑ったり泣いたりする何気ない毎日の出来事に、酔いしれるような日々です

誰にも教えられていないのに、愛することが出来る不思議さ・・・
それは神様から良心を通して送られたギフトだと思いませんか?

愛情たっぷりに育てられた子供は心に平和が生まれ
与えられた命を大切に扱うことが出来ます

生まれてきてよかったのだという事、望まれて生まれてきたのだという事
自分の中に無限の可能性があることを信じることが出来
両親から与えられた心と体を大切にするように
関わるすべての人間を大切にすることが出来るようになるのです

それが自己を肯定する力です(自己肯定感とも言います)
この力は主に家庭で育まれます・・・ここが重要ですね

生まれてきた意味や、どのように生きるべきかは家庭で学ぶと言っていいでしょう

天国の出発は家庭から・・・それは統一教会が打ち出した理想ではなく
古から、普遍に繋がれてきた真理だと言えます

家庭は愛の教会と表現していた時もありましたね

祝福家庭は誰よりも、どこよりも早く、理想家庭を世間に
知らしめる使命があったのではないでしょうか
それは30年前子女の時代が始まった時から待たれていたと思います

そして、その見本となるべきは真の家庭であったはずです


生命視しなければならなかった理想家庭の形成は
「摂理」といううねりの中でないがしろにされてきたのでしょうか

それとも、「摂理」を追っていけば理想家庭も自動的に形成されると
またしても勘違いしてしまったのでしょうか

考えてみれば私たちは両親に愛されてきたと言いながらも
どこかで満足できていない部分がありました

神様や真の父母様に愛されたと感じるたびに、愛のない自分であることに
気付かされるような場合もあります

真の、不変の、永遠の愛を体験していない私
それは両親や祖父母もまた同じ立場です

悲しいですが、満点の愛は受けていない私たちです

だから、家庭の中でも愛する闘いが起きるのかなと思います
夫や妻を愛するために条件を立てた経験のある方はたくさんいるでしょうね

それでも幸いなことに私たちは真の愛の存在を知りました
神様の愛を知っているのです
愛を受けていない立場であっても、祈りの中で求めていくことは出来ます

真の愛がどんなものなのか、たくさんのみ言葉も残っています
そして何よりも私たちは想像することが出来るのです
これは人間に与えられた素晴らしい能力だと私は思っています

「真の愛ってなんだよ」と思う人がいたら想像してみて下さい
あなたが生まれた日に、家族が貴方を覗き込んで微笑んでいた場面を

命の誕生を無条件に喜ぶ尊い時間がありました
この命のためにあらゆる人が名前を変えるのです
妻から母へ、父からおじいちゃんへ、と

健やかに育ってほしい、幸せになってほしいそれだけで
心は満たされていたはずです


統一家は毎日祈っている筈なのに、愛が足りない感じがします
毎日祈っていたら、日本の皇后陛下のように「生きていてくれてありがとう」と
誰にでも言えるはずなのです

「この方は本当に毎日祈ってるらしいよ。だから、遠くから見ただけで涙が出るんだね」
と、私の姉は言っていました

そんな人にならなければなりませんね(自分の事は棚に上げています(^_^;)



生きていくための基本的な力を育むべき家庭は
なかなか順調に機能する事は出来ませんが
到達するべき理想がはっきりしているのですから修正が効きます
それはとても幸せなことですね

真の家庭も一つの家庭が機能していれば、それにならって修正する事は可能だと考えます
その貴重なたった一つの家庭を守る為に再出発しなければなりませんね

勘違いしてしまった過去を改め、本来真の家庭に対して統一家がどのような立場に立って守り、
それに続いていかなければならなかったかを明確にしながら
リスタートする時ではないかと思います

神様からの審判を待つのは悲しい事です
自らが再出発のために覚悟していくことこそ
神様が願われている事なのではないでしょうか

 

待ってないでドンドン来いよ・・・・と
これだけいろんなことをやらかしたんだから怖いものないでしょ?
喜んで地獄に行こうよ、待ってるからさっ

・・・なんて、神様は思っていたりして




※自己肯定力(感)については検索してみて下さい



 引用:しあわせなオリーブの木

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 「国境なき人権」のウィリー・フォートレ氏は
 日本の人権団体はなぜこの問題(統一教会員に対す
 る拉致監禁)について行動を起こさないのかという問
 いに対してこう答えている。

 「二つ目は、拉致監禁問題はエホバの証人の信者に
 対する事例もあるが、多くは統一教会信者に対する
 被害であり、統一教会に対するよくないイメージが作
 られているため、人権団体が動こうとしないのだろう。」 


 これに私は

 「単なるイメージと片付けるわけにはいかない。
 法令尊守を口すっぱく言うゆえんでもあります。」
 
 と書いた。

 これに関連する一審判決が札幌地裁であった。
 

 「信教の自由を侵害」 統一教会に3千8百万円賠償命令 札幌地裁                       北海道新聞3/25/2014 


 統一教会に違法な勧誘で入信させられ、精神的苦痛と
 経済的被害を受けたとし、道内中心の元信者ら40人
 統一教会に計約1億900万円の損害賠償を求めた訴訟
 の判決が24日、札幌地裁であった。
 一連の伝道活動について、千葉和則裁判長は「(憲法が
 保障する)信教の自由を侵害した」と認定、教会側に計
 約3800万円の支払いを命じた。

 千葉裁判長は「経済的利益を獲得するという不当な目的 
 に基づき、宗教であることを明かさずに行われた」と指摘、

 元信者3人の請求を認めた
 一方、残る37人については
 「提訴の段階で(3年の)損害
賠償請求権の時効が成立して
 いた」などとして訴えを退けた。


 

 40人の元信者は、おそらく徳野通達以前に脱会し
 たものであろう。
 
 今回裁かれた内容は徳野通達以前に起きたもの
 と推察する。
 徳野通達後であれば、宗教法人格剥奪もあり得る
 のだから、教会はもっと大騒ぎのはずだ。
 だから、よいという話では全くない!


 法な勧誘とは所謂”正体隠しの伝道”のことだと
 思う。
 たしか、2002年に勧誘時に統一教会を名乗らない
 ”正体隠しの伝道”は違法の判決が確定したはず。
 遡及的な批判があれば、異議もあるが、少なくとも
 2002年以降 ”正体隠し”をしていれば、罰せられ
 るのは目に見えている。


 決全文を読むことはできないので判断しかねる
 部分もあるが、”信教の自由を侵害した”との認定
 は真摯に受け止めなくてはならない。
 
 
 決は紛れもなく、原告勝訴の判決である。

 もしも、
 エイト氏や一部のアンチ統一教会人が後藤裁判で
 やらかした論法そのままに、1億900万円の請求に
 対して3800万円の支払い命令だから、約35%が認
 められたに過ぎず、65%は統一教会の実質勝訴だ
 とか、40人中3人しか認められてないから7.5%が
 認められたに過ぎず、92.5%は統一教会の実質勝
 訴だなどと言い出せばそりゃもう狂っているとしか
 言いようがない。
 
 
 1つ、記事で解せない点がある。
 訴えを起こした37人の訴えが退けられた理由が
 不
可解でならない。

 札幌でおこされた訴訟であることを考えると原告側
 の弁護士はおそらく郷路征記弁護士であろう。
 
  
  郷路征記弁護士 弁護士事務所のプロフィールを読むとコンピュータが得意らしい。
   郷路征記弁護士の著書『統一協会 マインド・コントロールのすべて』は監禁されて                
   いたマンションの中で読まされた。 


 秀?な弁護士先生がついていながら、何故、提訴
 段階で損害賠償請求権の時効が成立していたこと
 に気づけなかったのであろうか?

  「悔しいのはわかりますが、すでに時効です。」
 と言って提訴を思い留めさせるべきではないだろうか。

 弁護士料だって馬鹿にならないと思うのだが?

 統一教会絡みだから、無料でというのか?
 なら立派のようにも見えるが、はじめから時効がわ
 かっていてだとすると、、、。
 ことさらに、訴訟額を大きく見せんと粉飾したことに
 なると思うが 、、、。
 
 可能性は、記事には「提訴の段階で(3年の)損害
 賠償請求権の時効が成立していた」”など とある
 ので別の理由があることだが、、、一体何かは記事
 からだけではわからない。


 ちろん
 40人の脱会の経緯が、このような”逃亡防止措置”
 施された監禁部屋での説得であったなら、それに
 ついては明確にNOです。
  

  
 
 しかし、法令尊守してこなかった教会はもっと問題。
 
  
 徳野通達に対して

 「通達内容に違反している教会がございましたら、教会名
 や
違反内容をお知らせくださいませ。」  


 というが、
 在米の末端信者にどこの教会でどのような違反内容
 があるか知れ渡るようなら、その時、”宗教法人日本
 統一教会”は存在すると思えますか?



引用:秀のブログ

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ピースパレスは〈第二の清平〉になるのか!? にコメントしてくださった Lさんのほぼ全文を拝借。

《アメリカにはご存知のように在米日本人の為に個団というものがあります。I会長夫妻が中心となっています。最初の目的と言うのは所謂献金中心ではなかったはずです。しかしあのK隊長が、献金中心の個団に持っていったように感じてなりません。お父様に良い所?を見せようと。この個団のお姉さん達は、やはり日本人なのです。私は、どうしてもついていけないし、なじめません。どうも住むところと言うか考えるところがあまりにも違いすぎています。この方たちが個団の意向に素直に従います。やり方も日本程ひどくないにしても日本式です。これは地区によっても違うと思いますが、、例えば、今回来た個団長からのメイルですが、平気でこんな事を書いてきます。
>出来る人は早く出してください、その事でお母様もバルコム会長もどれほど喜ばれるでしようか?
こんな感じです。日本人のお姉さん達はこのブログ村を訪れる事は決してないのでここに載せますが。皆さんPC音痴もいいところなのです。私は、献金は夫に相談します。他のお姉さんはどうなのか知りませんが、しかし今回は納得行かないのでしません。毎月この個団には献金しないといけません。300ドルです。できる人はそれ以上が目標ですが、私の地区では毎年、私以外誰も月300ドルを完納している人はいません。年間3600ドルです。自慢するわけでは決してありませんが、月々の献金もできないのにどうして余分な献金が出てくるのでしょうか?と言う事です。日本人のお姉さんたちがここでも問題であり、ここでも日本人達がいいように使われています。個団長から来たメイル全て載せたいくらいですが、止めときます。個団からのメイルが私の嫌な事の一つです。もう良心に従えない事はできません。》

アメリカよ、お前もか・・!?という思いがしました。日本婦人の集まりである個団は、経済チームとしてその姿を変えて来たようです。組織の指向によく従い「日本教会」のやり方を用いています。他の人達から見ると“ちょっと変わった、怖い壁を感じる、お姉さん達“になっているのではないかと思います。そのくせ”PC音痴もいいところ“なのです。故に、このブログ村を訪れる事は決してないのです・・。ㅠㅠ 

そして個団は、毎月300ドルの献金要請をしています。献金している人には大きな負担であり、していない人には大きな負債感を与えていることになります。個団長は、日本婦人達にメールを送りながら統治しています。

やぁ~驚きました。韓国の日本婦人宣教師と同じですね。日本人のお姉さんたちがここでも問題であり、ここでも日本人達がいいように使われています。アメリカもです。どうしますか・・!?

Lさんの答えはこうです。「もう良心に従えない事はできません。」




引用:cocoaのブログ

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前回一緒に働いている彼女は元食口と言いましたが Dさんと言うことにしておきます。

Dさんの所には 4年前から反対側の情報メールが送られていました。
Dさんのお姉さんも食口でしたが反対側に行ってしまい そこからの情報がDさんの所にも流れていて…Dさんはそれを仲の良かった私にもよく送ってくれていました。それは今から3年半ほど前のことでした。

もう毎日のように私の所にDさんからメールが送られてくるんです。
「献金の使い道はこうだああだ…」
「ご子女様が権力争いをして喧嘩しているうんぬんかんぬん…」
「お父様はこんなことしているあれやあこれや…」
もうありとあらゆる情報が送られていました。
そして私も真面目にそのメールを読んでいました。
「へーあんなことこんなこと、すごいなーよく調べてるなー」
でも…結局は悪口です。読んでいて気持ちのいいものではありませんでした。

私は3万双の時、あらゆる中傷報道を聞きながら同時に原理を聞いて復帰されました。だからそれらのメールを見てもそれほどショックでもなかったし そんなこともあるかな、位に思っていました。それより こんなに悪口書かれてそれを読むのがつらかったです。。
だからその時 私はDさんに適当な返事しかしませんでした。
でもDさんは私に教会の悪事に気づいて欲しかったのだと…今ではそう思っています。

結局Dさんは教会から離れていきました。
献金を返してもらうため弁護士にも相談していたようです。
それから一緒に仕事を始めるようになってからは ほとんど教会の話はしなくなり もちろんメールも送られることはなくなりました。

Dさんと一緒に仕事をするようになって2年以上たった昨年の11月初旬、何故か私は自分からDさんに 「最近お姉さんから何も言ってこないの?」と聞いてみたのです。
その時は「何かあったら送ってくるけど…もう時間ないし面倒くさくてあまり真面目に読んでないのよ」との返事。「ふーん、そう。」と言ったものの、その頃 私はお父様がご聖和されてからの教会の 私達に対するあり方がとても嫌いだったので…誰かに何かを言いたかったのです。

それから何日か経った後、休憩中に Dさんが携帯をチェックしてみたら お姉さんからのメールがあったようです。その時Dさんはたまたま眼鏡をかけていませんでした。眼鏡がないと携帯メールがよく読めないらしいのです。  私に「姉からまたなんかメールが来てるわ。hirumaさん、ちょっとこれ読んでみてくれる?私 眼鏡がないと読めないのよ。」
私に差し出した携帯を手にした私は…「あーまた例の反対派の人からの中傷メールか…読みたくもないけど形だけ読んでるふり。。」と思いながら、そのメールを目にしました。

そこにはこれと同じ文面が書いてありました。↓
お姉さんからメールの内容

これを目にした時の私の衝動…心臓バクバクして 頭の中真っ白になりました。
 
「えー?亨進様とヨナ様がお母様を離れた?」「お母様は帰って来いと言われてる?」
 
「自分勝手にミニストリー?」

「どんなにいいものであっても食口はそこに行くな?」

 離れたとか…帰ってこいとか そんなの誰からも何にも聞いてないよ
 世界会長でしょ?自分勝手ってどういうこと?
 いいものなのになんで行ったらいけないの?
 なんで教会が食口にそんなことを束縛 制限するの?
 大体お父様が後継者と言われた方がどうして教会から離れるのー!?
 ありえないことがおこっている・・・

顕進さまの件があって お父様が後継者についての公文を出されたことは機関誌で読んで薄々知っていたのでその頃の経緯を考えるとこれはありえないことだと思いました。
こんなことして教会どうしちゃったの??何やってるの?

「これは調べなければ…そうしないといけない」 そう決意した瞬間でした。
 
何というのか…このメールをみた時から 一瞬にして私の教会に対する意識が今までとは全く変わってしまったのです。今までどんなメールを見ても変わったことのなかった意識が…

私はその頃、教会が顕進様に対して裁判を起こしていることも 国進さまが解任されたことも全く知りませんでした。
悲しいかな、全く無知だったんです。

だから…彼女が見せてくれたこのメール…それが無かったら、まだまだ何も知らない一食口のままだったかも知れません。

どうしてあの時彼女は あのメールを私に直接見せてくれたのか…
神様が 彼女を通して私に見るように…と送って下さったのでしょうか。
不思議なことがあるものだとつくづく思います。


今 真実は 教会から発せられることはほぼ皆無です。

真実は 今や反対している方達の情報の中にあったりするものだ ということを実感しています。

神様は真実を伝えるためにあらゆる手を使い 全ての人達を善なる方へ導こうとされているのだと…そう思っています。




引用:hirumaのブログ

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内村鑑三所感集から~
今日は明治39年(1906)の所感最後の部分から紹介します。その4です。

神の不偏
  教会の中にある者必ずしも神を識らず、教会の外にある者必ずしも神を非認まず。神を識る者は教会の中にあり、またその外にあり。神の教会は全宇宙なり。「ペテロロを啓きていいけるは、われまことに神は偏らざる者にしていずれの国民にても神を敬い義を行う者はその聖旨に適う者なりということを悟る」(使徒行伝十章三十四、三十五節)と。余輩もまた時に意外のところに神の忠実なる婢僕あるを見て、同じ驚愕の言を発せざるをえず。
       
神は何処におられるのか?
とかく我々は教会堂という建物や、教会という集団組織の中に神がおられると思い込みやすい。

最も大きな間違いは、自分たちの所属する教団教派の教会組織の中にだけ神がおられると考えることである。
教会という組織のや集会に参加しないようになると
「落ちおた」とか「離れた」とかいう場合があるが、これは自分たちの組織の中には神がおられるが、そこに参加しなくなったら神はおられないよ!と言うのに等しい。

内村鑑三は米国渡り米国の教会をつぶさに眺めて、教会組織に働く人々やその集会の中に神を感じるよりも、むしろ家庭や仕事の場でキリストを信じ一生懸命生きている人々の中に神の愛の実在を見たのである。

「うちの教会はこんなに素晴らしい!」「うちの教会の牧師はこんなに立派だ!」と、建物や人物を宣伝することがよくあるが、それは神の実在や神の愛とは何ら関係のない話である。教会にどんなに多くの人びとが集ったとしても、キリストの愛、神の愛がなければそれらは神の目から見たら何らの価値もないものに過ぎない。

最近教会堂が新しくなったとか設備が素晴らしいとか、たくさん人が集まっているとか、自慢する教会が多くあるが、本当に神の愛が充満している教会かどうかを一番の判断材料にしなければならないであろう。

嘆き悲しむ人々が多くあることを横目に、何ら自慢するものはないはずである。
 
我らは、神の愛がともにある個人となり、家庭を目指すものとなるべきである。 



引用:平和世界を求めて

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《2500ドルの献金要請!!!
ニューヨークの教会本部から1家庭$2500ドルの献金要請のメールが届きました。日本の基準からみたら、スズメの涙ですがアメリカ人の教会員には理解出来ないようです。個団の幹部修練会で一回で日本の姉妹達から10万ドル集めたのでバルコム会長も調子にのってるみたいです。ピースパレスの目的は伝道よりも清平教の祈願献金の集会の為に使われると聞いています。工事現場での記念写真でお母様の隣にノーネクタイで写っていた若い男性をみたら察しがつくと思います。最近、清平の先祖解怨に否定的だった私の地区の牧師さんもいつの間にか清平教を賛美、奨励しています。もうすぐ大母様もアメリカに来られるみたいです。》 
純粋な在米日本人教会員さんからのコメント(前回の記事)全文を拝借。

統一教会の行く末が見えるようです。お母様の隣にノーネクタイで写っていた若い男性は、訓母さんの息子です。“平和王宮を建てるー訓母さんの息子”・・これが繋がらなかったのですが、ピースパレスが、清平教の祈願献金の集会の為に使われるらしい事を聞いて納得がいきました。

お父様が生前、聖別をされた土地であることは聞きました。しかし、お父様はここに〈第二の清平〉が造られると思っておられるでしょうか?

今、礼拝での結論は「清平」です。平和大使を集めて、清平の先祖解怨を説明し、按手(悪霊を取り除くためと言って、頭や体を叩くこと)を始めました。お父様は、平和大使をこのような目的のために教育して来たのではありません。

先輩家庭は一体どうなってしまったのでしょうか。億単位のお金を使い、ムーダンにお伺いをたてている人の何を信じて「清平」に通うのでしょうか?とても正気の沙汰とは思えません。



 
引用:cocoaのブログ

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私が職場で一緒に仕事をしている彼女は元食口です。
以前はともに学びお父様を信じて歩んでいましたが、6年ほど前から不信を抱き始め…
そしてついに反対派になってしまいました。

彼女が反対側になって… 今から3年くらい前に一緒に仕事を始めたのですが 教会のアベルにそれを言ったらかなり反対されました。
「彼女は神様を裏切った 仕事がうまくいくはずがない…一緒に仕事するのは勧めない」等々何度も諭されました。
でも 「なんでいけないの?そんなの関係ない~でしょ。」心の中でそう言って アベルの言うこと聞きませんでした。きっと不信仰者って思われてたはず…
反対派だからといっても彼女は社会的にとてもいい人で 仕事場に来てくれる人のために一生懸命働いてますよ。一緒にいると楽しく仕事ができるし 何でも話せる親友みたいな存在です。
でも…お父様のことはもう信じてないから 今までその話だけはなるべく避けていたんです。

でも先日 仕事帰りにちょっとこちら(UC)のことを話していると 彼女には霊の子がいてとても心配しているとのこと。どうしたら霊の子が間違いに気づくのだろうこれ以上献金してほしくない、と言うのです。
それは私も同じ気持ちです。
それにしても 霊の子をどうしたらいいのか…そんな話を彼女とするようになるとはほんの数か月前までは想像もしていませんでした。

「教会の言うことをそのまま鵜呑みにしないで 本当にそれでいいのか 自分はどうするべきか アベルじゃなくて…教会じゃなくて…神様に尋ねる…自分の事情を知っているのは神様だけだし、今は直接神様に問い訊ねる時代だから…そう言ってみるのはどうだろう。」
そんな話をしていたら彼女は急に顔を曇らせました・・

「それはむつかしい。教会の言うことはお父様の言葉 お父様の言葉は 神様自身の言葉なのよ。
だからそれは通らない話なのよ。食口はそう思っている。それはなかなか変えられない…」 と言われた。
そして
「私自身は100%そうだと信じていた。お父様は神様自身だって。神様(お父様)がこの世を作り 主管して全てを掌握していると思っていた。そうじゃなかったら 33年前、私はこの道に来てはなかったと思う。それくらい私はお父様のことを信じていたのよ。だからそれが嘘だった知った時のショックは大きかった…」と教えてくれました。

その言葉を聞いて…
お父様を神格化している…お父様がご聖和されてそのことがよりハッキリしてきたとは思っていますが そのことが30年以上前から浸透していた…というかそう思ってる人がかなりいるということ?と思いました。

お・と・う・さ・ま・は か・み・さ・ま …と、始めから そう 教育されていた?
そう思っている現教会員は今どれくらいいるのだろう。

お父様は神様自身…メシアは神だということなのか

彼女はそう信じていたから…
お父様の言動やご家族のことを見て 
あれはメシアじゃない 
メシアなのにどうして病気になる?
メシアなのに…家族がおかしい
メシアなのに あんなこともこんなこともしてる・・
メシアなら幹部の嘘くらい暴けるでしょ
それも出来なくてどうして神なんだ?
あんな原理なんかうそっぱち ウソ ウソ
ぜーんぶ嘘だった!

そうか…彼女はそう思っていたのか…

なんだかやっとわかった気がした。


私は お父様は神様なんかじゃなくて…
お父様は 生身の人間だって思ってた。
病気もするし 寿命もある…騙されることも…間違いをおこすことも。。

…始めからわかってた。


私と彼女は 初めから そこが違っていた…と言うことに今回初めて気づかされたのでした。



引用:hirumaのブログ

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長老様と権士様の制度は、韓国特有のもののようです。キリスト教の制度を取り入れたもので、日本にはありません。長老様(男性)と権士様(女性)と言えば、以前は教会の柱とも言うべき信仰の大先輩として尊敬し逞しく感じたものです。権士様が代表祈祷をされれば、その声だけで癒され涙が出ました。


しかし、その声さえ聞けなくなったのはいつ頃からでしょうか。権士様が代表祈祷をされなくなりました。「出来ない」と言うことで・・。ここの教会だけですか?その後は長老様がしておられるのですが「講義?」かと思う程長かったり、紙に書いて読み上げたりする祈祷なので、心情的ではなく恩恵を感じられずにいました。ある方は代表祈祷の当番の時だけ礼拝に来ていました。


その長老様・権士様の制度がおかしくなっています。最近急に長老様・権士様の数が増えたと言います。始めは「執事様」になり、その上が「長老様・権士様」です。教会で承認し本部で許可するのですが、献金をして《取得》します。それからは「長老様・権士様」と格が上がったような気がするのでしょう。


「長老様・権士様になっていると、霊界でも位置が違う」と日本婦人が言っています。


中には「執事様」になることを教会長に勧められても「そんなものは必要ありません」と断るような人も若干一名いることは知っています。

かといって誰でも「長老様と権士様」になれるわけではなく、教会長に嫌われていてはダメです。その代わり、礼拝には来ないとか、アルコール中毒だとか、人格がないとか・・そんな事は関係がないようです。教会に殆んど来たことがないような人も「長老様・権士様」になり、教会長に“一言”言った人はなりませんでした。長老様・権士様の制度も地に落ちました。

 
 

引用:cocoaのブログ

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今日は皆さんんブログ記事を読ませてもらいながら感じたことがあるのでもう一文書かせていただきます。

内村鑑三の「代表的に日本人」の中で、直江藤樹に弟子入りした熊澤蕃山という人の話を取り上げました。
内村鑑三は、『摂理によりこの教師(中江藤樹)は無名の存在から、見出されて世に知られる人物なりました。』と書いています。この摂理とは、『センセイとして仰ぐべき聖人を探してひとりの青年が岡山を旅立ちました。 青年の抱いたこの珍しい目的は、昔「博士」たちが「ユダヤ人の王」を探した旅と同じでありました。』と記しています。
その青年というのが熊澤蕃山です。中江藤樹と熊沢蕃山の師と弟子の出会いがなければ中江藤樹はただの田舎の先生で終わっていたでしょう。

さて、今日ここで注目していただきたいのは、「熊沢蕃山が何に感動して中江藤樹に弟子入りしたのか?」と言うことです。
詳しい説明は省きます。関心のある方は「代表的日本人」や中江藤樹や熊澤蕃山の伝記をお読みください。

熊沢蕃山の弟子入りの動機は中江藤樹が教えた村人である馬子の正直な行動です。旅の侍の忘れた貴重な財布を旅籠に届けたのみならず礼も受け取らずに帰ったといいう話です。

熊澤蕃山がこれこそ自分が学ぶべき先生だ!と心に決めたのは、その名声でも学問の素晴らしさでもなかったのです。
熊澤蕃山がその師として藤樹先生を訪ねて小川村に行ったのはその先生の教育力に感動したのです。
学問などに縁のないただの村人である馬子がそのように、普通では考えられないくらいに道理をわきまえる人間に変えられたという事実だったのです。

どんなに優秀な頭脳や知識を誇ったとしても、人そのものを正しく教え導くことができなければ何の価値もありません。

中江藤樹はその後近江聖人と讃えられるようになりますが、その弟子たちや教えた村人たちも皆聖人になっていったのです。

ここで文鮮明先生が教えた教えの中で「宗教の目的」という内容を再確認してみましょう。
文鮮明先生の教えによれば宗教の目的は堕落した人間が本然の世界、天国に入れるように教え導くためのものと言うことです。別の表現を使えば天国に入れる人間に生み変えていくところということになります。
そしてさらに天国は愛が支配する世界だから地上生活で愛を体験できるようにしていくのが宗教の役目であるとも言えます。
統一教会の原理で表現すれば四位基台を造成し、四大心情圏と三代王権を完成してこそ天国に入れると教えているのです。

中江藤樹先生が今でも尊敬されるのは具体的に村人たちを立派な人間にしたということです。中江藤樹は仏教をあまり評価していませんが、それはその当時の仏教が極めて刹那的ご利益を教えていたからです。

中江藤樹はその後中国の思想家王陽明の思想に本を通して出会い、深い感銘を受けてそれを熊澤蕃山にも教えます。それは王陽明の思想(その後陽明学と呼ばれるようになる)が極めて実践的で、実質的幸福を人々にもたらすことをその思想の根本にしていたからであり、この考え方は後代の思想家や変革者に多大な影響を及ぼす様になります。

今日みなさんに知っていただきたいのは、「天国は入れる人間教育」と言うことです。
文鮮明先生の教えの究極は「天国人」を作るということであり。そのための「天国家庭」を作りなさい。といういことであり、その天国j家庭を拡大すれば世界天国ができますよ。死後の世界の天国にも入れますよ。と言うことです。

「家庭は天国生活の訓練場である」と教えられています。
毎日私たちがより正しい生活、より真の愛に満ちた生活をおくれるようにすることを教えるのが宗教であり、教会のある目的だと言うことです。

文鮮明先生の教えを教える統一教会がその本来の姿をきちんと守って、世の中に正直者や真の愛に満ちた家庭人をたくさん送り出していたら、それこそ現代の熊澤蕃山のような人がたくさん弟子入りして来たでしょう。

熊澤蕃山はその後大藩備前岡山藩のお殿様である池田光政を感化して、光政公をして参勤交代の途上近江の小川村を訪ね大藩の藩主自らが藤樹先生の弟子としての礼を取るまでになったのである。そして熊澤蕃山は徳川幕府の将軍家光をまで感化して招請を受けるまでになったのである。残念ながら将軍家光の急な死によってそのことは実現されず、そののちの官僚的学者や幕閣によって蕃山は冷や飯を食わされるようになるが、その名声と評判は江戸末期まで続いて江戸中期~末期まで数多くの知識人に尊崇されその思想が明治の維新として結実もしていくのである。

統一教会が組織的に失敗した一番は何かといえば、その組織が本来の目的である人格の陶冶、良き家庭人・良き社会人、良き天国人を育てるという最も中心的な役割をないがしろにしてきたということであろう。
文鮮明先生の精神と人格と真の愛を相続することを氏族メシアや訓読家庭教会で実践していくとこを文先生に代わって教え導くのが本来の牧会者の基本中の基本の役目であったはずである。その教えを受けた者たちの人格に触れて我も我もと学びに来たことであろう。

ところは現実の教会は悲しいかな、それとは逆の方向に行ってしまっていたようである。先に紹介した内村鑑三が指摘している宗教組織の持つ悲劇である。「主よ主よ」とイエスを賛美すものがイエスを十字架に架けた張本人になったという悲劇である。

是非ともこのブログを読まれる皆様は心して欲しい。



引用:平和世界を求めて

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S展やM展と言われる、壺や濃縮人参茶を高額で売る現場の会場では、次々と兄弟姉妹たちがその代金の現金を買い物袋の中に無造作に入れて、さもお土産のお菓子を持ってきたかのような軽い表情で入って来る。その紙袋の中には数百万単位の現金が入っているのにもかかわらず。こうして展示会場の一部屋は多くの現金が集まる異常な空間になるのですが、誰もこの空間を異常とは感じないで、むしろ現金が集まってくることを喜んでいた。どうしてこんな事になってしまったのか。

たしかに霊感商法の出発は大理石の壺からだと思います。これを買えば運勢が良くなるというようなトークが、やがて霊感の優れた先生のトークに発展し、因縁トークや家系図トークが出来てくるようになった。
展示会ではタワー長と言われる人が、霊能者役のトーカーにどういうトークをすればいいのかと、細かく指示をする。そしてこのトークの基となっているのが、堕落論であり、復帰摂理だったと思います。それはアダム家庭だったり、アブラハム家庭だったり、その他多く原理の内容を応用したのではないかと思います。

こういう状況が長く続くといつの間にか、金が入ってこない創造原理よりも、金が入ってくる堕落論的トークをよく知っているタワー長やトーカーが用いられ、創造原理は隅に追いやられ、まったくの空念仏になってしまった。
また霊感商法の時代に教会に来た人は、創造原理に感動して来たのではなく、堕落論を恐れて来た人が多いのではないかと思います。具体的に言うと、印鑑のトークで来た人だと思います。

この展示会をすべて仕切っているのは、タワー長と言われる人で、このタワー長の許可が無ければ何も出来ないのです。この展示会の期間中は、地区の責任者といえどもタワー長の指示に従うのです。
例えて言うならば、タワー長は艦隊司令官であり、地区の責任者は艦長だと思います。作戦行動中は艦隊司令官が艦隊のトップなのです。

当時の教会員の意識の根本はこの展示会だと思います。毎日のすべての行動はこの展示会に向けてであり、その展示会では絶対的な服従を要求され、自分自身が判断してはいけないと訓練されていた。それを長く続けたために、もう何も自分で考えることが出来なくなってしまったのではないかと思います。

こうして本来の神観が失われ、それと同時に神観の無い原理観が生まれてしまったのではないかと考えています。



引用:まっちゃんのブロ

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私は 昨年11月下旬までは 普通の統一食口でした。

どんなに教会内で嫌なことがあっても どんなに何度も献金要請があろうとも それでしばらく教会に行かないことはあるとしても、自分が教会を離れるなんて…
それだけは考えたことありませんでした。

「私が教会から離れる?そんなこと絶対にあり得ない!」
そう思っていました。

どうしてなんでしょう?

だって 何よりお父様を信じていたし(今でも信じています) なんだか最近わけのわからないことばかり言われるけど…献金は世界摂理に使われているんだから…それなりのお金は必要だろうし 教会長 教区長 婦人部長…そりゃ人間的に完成した人じゃないから ちょっと「??」なところもあったけど それでもお父様のみ言葉に沿って私達を善なる方向に一生懸命に導こうとしてくれているんだし…
なんたって私達のアベルでしょ!
アベルを通してしか…神様に通じる道がない!!って私の霊の祖母も言ってたし…

私は このまま一生教会のなかにいるしかない
なんだかな…何故か力がでない…
でも家庭を守るためには私が教会にいるしかない。
とにかく今 私に出来ることだけはやろう。
献金も少しづつでもいいからあきらめずにやるしかない

そんな風に思ってました。
とにかく教会の言う、お父様のみ言葉に沿っていくのが信仰なんですから。

教会は、昨年末から 氏族メシア数とかいって、130を勝利しろと言い続けてます。
それまで基元節祝福Kの140の勝利ばかり言っていたのに年末のある日を境に今度は突然「130は世界、国家、家庭を守る数字」「メシア数を勝利して新年を迎えよう」と言い出して…130が無理なら最低13数を要求しています。

教会はいつも お父様のみ言葉を上手に使います。
食口はみ言葉に弱いですから…
お父様のみ言葉だと言われたら何とかそれに従いたいと思います。
実体で家族を愛する以前に 献金をどうするか…で頭がいっぱいになり、これをしなかったら 後悔することになる…しなかったことによって家族になにかあったらどうしよう…そんな恐怖心から何とかしたいと思うようになります。

「そんなことはない、私達、騙されているだけよ。」
「いつまで続ける気?もうやめて」
たとえそう言われたとしても…
騙されているなんて思いたくない…これは何か意味があるんだと、そんな思考回路になっているので 他人から言われたことには なんの意味もありません。
摂理と言う言葉に使命感を感じ、それ(献金)がお父様の願いだと信じているから…
アベルの言葉…しかも教会を擁護する言葉しか意味がないんです。
そうでないと自分がやってきたことに意味がなくなるからです。


既成家庭の ある婦人が言っていました、
「私達、こんなに20年以上頑張っているのに、どうして夫が復帰されないんだろう。」と。
そしてその答えは自分でもわかっていて
「夫は 妻が摂理で死にそうな思いになっているのが分かるから その姿がいやなんだ」
…そう言っています。
摂理がある以上は、夫が喜ぶ姿の妻になれない…やっていることの矛盾がわかっているのに…それでも食口は摂理には相対しようとするんです。本当に信じているんですよね、教会を。
摂理に勝利すれば家族が復帰され、守られる…と。


長い長い時間をかけて…いつの間にか私たちはここまで来てしまいました。
こんなはずではなかったのに。

原理とみ言葉がここまで歪曲され私達を間違った方向に導いていたなんて…
これほどまでに原理とはかけ離れた姿の教会になってしまっていることに 私自身 ついこの間まで全く気づかなかったなんて…
あの時、16万人の日本の女性達はお父様から 直接たくさんのみ言葉を聞いて教育されたはずなのに…

あれはなんだったのだろうか。

私達の良心はどこに行ってしまったのだろう。

アベルに言われないと何も決められない私達になってしまっていたなんて。
私達の前に アベル アベル アベルの壁。。

でも、もしアベルが

「もう献金摂理は終わったよ。 今は後天時代でしょ?
アベルカインなんて無いのよ。
みんなが神様の前ではアベルなんだから。
これからは家族のために生きて 家族をしっかり愛してあげるときよ。
それがお父様の願いだったはずでしょ。」

そう食口に言ったならば、みんな今までの苦しみから解放されて本当の意味での信仰生活が始められるのだろうか。

いや 今やそのアベルの言葉でさえ 食口の目を覚ませることは出来ないのかもしれない

食口一人一人が自分で教会の間違いに気づき、これからどうするべきか 神様と直接語って決めない限り本当の意味での信仰は始められない。

何故なら どんな状況になろうと 今の食口はやはりアベルの言うことを聞き
 
「私は絶対に教会から離れない」 と思っているのだから。




引用:hirumaのブログ

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内村鑑三所感集の中にはとても示唆に富む所感が多くあります。今日のところはさらに強烈です。
(岩波文庫 内村鑑三所感集よりp285)

精神と制度
 精神、制度と化して死す、これ歴史の法則なり。モーセの精神はユダヤ教と化して死し、キリ
ストの精神はキリスト教と化して死し、ルーテルの精神はルーテル教会と化して死し、ウIスレ
ーの精神はメソヂスト絞会と化して死せり。その他すべてかくこごとし。よって知る、モーセの敵はエジプト人、アマレク人、カナン人等にあらずして、かれの国人にしてかれを崇拝せしユダヤ人なりしことを。またキリストを殺せしものはパリサイの人またはローマ人にあらずして、かれを主よ主よと呼びまつりしキリスト信者なりしことを。制度は精神の屍体なり。イエスを首長として仰ぐ者こそ真にかれを十字架に釘けし者なれ。

宗教の陥いる過ち・・・・・開祖の精神がその継承する組織によって失われて来たのが宗教の歴史といってもいいのかもしれない。
文鮮明先生の精神が死すことのないよう我々も心しなければならないのでは・・・



引用:平和世界を求めて

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内村鑑三の所感集からの続きです。

  唯一の宗教
 もし世に宗教という者ありとせんか、そは教職という僧侶的階級の手をかりて神を拝することにあらず、敬虔もって日常の業を執ることなり、神聖に地を耕すことなり、神聖に物を商うことなり、神聖に物を作ることなり。人はすべて祭司にして全地は神の聖殿なり。このほか別に宗教あることなし。もし有りとせんか、そは迷信なり。悪魔崇拝なり、なんの惜しげなくして廃棄して不可なきものなり。

内村鑑三師は教会組織のもつ弊害を痛烈に実感して所感を述べています。
教職者を通して神に繋がるのでなく、それぞれが神の前に礼拝すべきことを教えています。
そして、収容生活において何より重要なことは敬虔な心をもってなされる日常の生活であると述べています。
教会組織や教職者に頼り切った宗教の弊害を我々も深く考慮しないといけないですね。




引用:平和世界を求めて

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 内村鑑三所感集の中にはとても示唆に富む所感が多くあります。
参考にしてください。(岩波文庫 内村鑑三所感集よりp284)


宗教を棄てよ
  余輩は人に宗教を変えよと言わず、宗教を棄てよと勧む、儀式と規則と信仰個条とをもって普通道徳に代えんとする、かの憎むべき宗教という制度を棄てよと勧む。仏教を去りてキリスト教に入るは一つの悪事を去りて他の悪事に入るにすきず。米国の思想家Iリシヤ・ムルフォードかいえるあり、『キリストの宗教のみひとり宗教にあらず」と。誠にイエスの貴きはかれが宗教を建てしが故にあらず、宗教を壊ちしがゆえなり。ゆえによくイエスの心を知る者はよくすべての宗教に反対す。人はまずすべての宗教(キリスト教をも含む)を棄つるにあらざればイエスの善き弟子たるあたわざるなり。

内村鑑三は宗教を棄てよ!という、文鮮明先生も「宗教をなくす」と言われた。 
内村鑑三は 宗教を棄てるものがイエスの善き弟子といった。文先生も同様であろう。
宗教が棄てられない人々、宗教にしがみついているような人々はもう一度よく考えてみたらどうだろうか。



引用:平和世界を求めて

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振り返ってみればやはり「神様についてきた」人生であったと思います。ただ、神様が目に見えたり神様の声が耳に聞こえたりしたわけではありません。心(おそらく「良心」)の命じるままにいろいろな選択を重ねつつ今を迎えるようになりました。

教会の活動や真の家庭について様々な騒音を聞く時にも、「必ずいつか真実は明らかになる」と自分に言い聞かせながら敢えて深く追求するという選択をせずに、前を向いて歩んできたつもりでしたが、ある時期を契機としてそのような生き方がきわめて非現実的であり、また無責任であるという理解をするようになりました。

今から思えば、それが「僕」のような信仰をしていてもよかった時代から「実子」としての信仰をすべき時代への変わり目に起こったことだったのではないかと思います。

「僕」として歩んだ時期をも否定するわけではありません。それはそれでその時には神様がそのように導いていたのだろうと思います。しかし同じ神様が、今はそのような生き方ではなく「実子」としての生き方をせよと導いているので、そのように生きようとしはじめたら、今いるところに来てしまったという感です。

人それぞれ環境や立場は違いますが、同じ神様が一つの方向に向かって導いておられることを信じます。今の時代は「実子」として生きようとする人、言い方を変えれば「神様のみ旨を自分のみ旨としてオーナーシップをとっていく人」を用いながら神様が歴史を引っ張っていく時を迎えていると思います。

「この方は真の何とかという立場の方であるから一切疑わず絶対的に従って行こう」という生き方を神様は私に願っておられず、むしろ、もしも真の愛を実践しておられる「方」がいると理解したならば、その「方」をモデルとして自分も真の愛を実践することを願われ、もしも神様のみ旨に対しオーナーシップを持って歩んでいると思われる「方」を見出したなら、その「方」をモデルとして自分も神様のみ旨に対しオーナーシップを持って歩んで行くようになることを神様は願っておられるように思われます。

ですので、「彼は真の何とかという立場の方の命令に従順でないから『サタン』であり、どんな立派なことをやっていても全て無効である。真の何とかという立場の方に従順に従っている私のほうが彼よりも立派で、正しい」というような見方考え方をすることを神様は私に願っておられません。

そのような説法を駆使しながら真の父母様と長子の間を人為的に引き裂こうとしてきた人々は自分のやってきたことをよく理解していることでしょう。しかし、その人々の意図に気がつかずその人々の説法を盲目的に受け入れることにより、結果として親子を分断させるのに貢献してしまった人々はどうでしょうか。「そんなの知らなかった」とすませることができるのでしょうか。

そうです、その画策は手を変え品を変えて今も変わらず継続しているのに…




引用:Kotenjiのブログ

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またしても財団理事長がかわりました。

パク・ノヒ氏からジョ・ジョンスン氏になりました。


そして、金孝律氏は渡米したそうです。 お母様が指示、健康の問題、いろんな話がろびかってますが韓国を離れたのは事実です。式典にも姿は見えませんでした。

そして朴珍用弁護士はいろんな人に手紙をおくり、金孝律氏の復帰をお願いしています。

数人の幹部指導者により、大きく揺れ動いている統一教会の状況を食口たちは感じる事が出来るのでしょうか。




引用:在韓日本祝福家庭婦人会

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《私たちは完全に違うのだということです。キリスト教人でこの様な特権を持つ者は、誰としていません。真の父母様のみを通し祝福を受けた者が、神様の圏内に行くことができるのです。だから皆様は失敗をしても、サタン側には行きません。》(金栄輝先生)いつも私のとなりに~さんのブログより。

何が完全に違うのでしょうか?キリスト教の人達と何が違うのでしょうか?自分達の狭小な宗教儀式をすることで、天国に行けると考えているのは同じです。
聖酒を飲めば天国だと言って、祝福前日まで遊び放題ですか?そのような人は、来年また祝福があると言って、また遊ぶでしょう。

「ご父母様のみ」を通して天国なら、この全世界の人々はどうしますか?ご父母様が霊界に行かれた後は・・訓母さんにお父様が降りて来られました、とか言って訓母さんが祝福をするのでしょうか!?訓母さんは、ムーダンに億単位(ウォン)のお金をかけていますから、良い知恵をもらうかもしれませんね。

皆様は失敗をしても、サタン側には行きませんとは、なんと無責任な言葉でしょうか。聖酒と祝福式で万事OKでしょうか。結婚誓約(6500双)でも、一番はじめに誓っています。

《あなたたちは神様の前に、真なる孝子女となることによって、永遠に真なる夫婦となり、これから神の天道を守り、もし自分たちにあやまちがある時には、すべての責任を自分たちが負うことを誓いますか。》

もちろん「예(イェー)」と一同大声で誓いました。自分の過ちは、自分達が負うのです。


引用:cocoaのブログ

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「1959年10月2日、わたしは日本で最初の礼拝をしました。それから50年も経ってしまったなんて、本当に時の経つのは早いものです。
わたしが最初、日本に入った時は密入国でしたので、刑務所からのスタートでした。
刑務所から療養所に移動する時、いや、当時少し体を患って療養所に行く事になったんですが、そこから着の身着のまま逃げ出しました。
そして、いろんな人達の助けを借りて東京に行き、最初の礼拝をしたんです。

最初の説教は「義と神の国を求めよ」です。義とは何か?それはその人の言葉や行いです。
言葉や行いを神の御心に叶うように正しながら生きる事です。
では、神の国とは何か?わたしは当時、実際の天国を地上に作る事だと思ってました。しかし、わたしも長く生きてきて、そうでは無いのかもしれないと思うようになりました。

神の国とは皆さん一人一人の事ではないか、人間は細分化された神の細胞ではないか、人の心の中に神の国が通じているのではないか、と思うようになりました。
だから、日々生きて行く上で義が大切になる。義なる言葉と行いで切磋琢磨する。そうではないかと思うようになりました。

皆さんは日本は母の国だからと言って摂理に追い立てられてるでしょ。神の国が現実の国ではなく、思いを尽くして生きる事が神の国をつくると思えば、献金のノルマが如何に不当なものかと思えるんです。

献金する事が悪ではありません。献金は義なる行いの一つです。

でも、わたしが言いたいのは、借金して献金するなという事です。
借金は負債だ。現実的にも利息が発生するでしょ。
それよりも目に見えない負債の方が恐ろしいんです。その負債は受け取った側に行ってしまう。

そんな金で天国を作ったって砂上の楼閣です。足下から崩れていくんです。

昔、私が教会にいた頃、貧しいながらも少しづつ献金が集まって来ました。

我々はそのお金を金庫に入れました。「鍵のない金庫」です。

そこには、いくら入っているかも明記してないし、誰でも自由に持ち出す事が出来たんです。
だから使おうと思えば、いくらでも使う事が出来た。
だけど、誰一人そこから無駄なお金を持ち出す人はいませんでした。

何故だかわかりますか?

そこにいる誰もが、そのお金に込められた救国の思いを感じとっていたからだ。
だから、使わなかったんじゃない、使えなかったんだ。

金っていうのは、人の気持ちが入るんです。
だから、間違っても人の不安な気持ちが入った金なんか集めちゃいけないんだ。
だから、神の国は金じゃ買えない。みんな人の心の中にあるんです。
だからこそ、日々思いを正しながら生きて行くんです。

聖酒を飲んだから、献金を勝利したから救われたなんて思っちゃいけないんだ。
救いとは人生の中で切磋琢磨しながら得られる宝なんですよ。だから苦労も悪くない。

わたしは、生命を掛けて愛した日本から追い出された。それも良い経験をしたと思ってるんです。

皆さんにも、良い人生を送って欲しいと心から思ってます。皆さんは、わたしが愛した…、
わたしが愛している日本の兄弟姉妹なのだから。」


会場は水を打ったように静まりかえった。

一瞬、時が止まったかのようになったが、ガタンと大きな音が響いた。

後方の婦人が椅子から転げ落ち尻もちをついている。
両手で顔全体を覆いながら、うわーっと絞り出すように泣き始めた。

それが合図だった。

会場の中は、あちらこちらで男女を問わず泣き始めたのだった。

西山は壇上に当たるライトの中に、久保の笑顔を見た。

西山は久保に一礼し、会場の人たちに一礼して、静かに退場した。



後日、教会の広報誌には式典の記事は載ったが、西山の説教の内容が正しく載る事もなく、また、会場にいた人たちから伝わる事も無かったという。




*参考文献  「救い」の正体(宝島SUGOI文庫)




引用:小説 もう一つの自叙伝

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久保の葬儀には700人以上の人が集まり、全国にはそれ以上の人が久保の冥福を祈っただろう。
渋谷の本部教会の前には、建物に入れない人たちが溢れていた。

西山は、その光景を見て如何に久保が兄弟姉妹から愛されていたかを知った。

西山は一般の参列者に混ざって教会の中に入ると、静かな衝撃が場を包んだ。
中には、西山を知っている人間が多数いたのだ。
何故、今更来たんだと変な目で見る者、昔を思い出したのか泣きながら懐かしい目で見る者など反応は様々だった。

献花をし手を合わせて祈った後、足早に立ち去ろうとした。すると入口付近で

「先生!」

と呼ばれ振り向くと、皆んなから‘せっちゃん’と呼ばれていた女性が近づいて来た。

「先生、大変ご無沙汰して申し訳ありませんでした。」

と深々お辞儀をしたのだった。

「こちらこそ、放ったらかしにして申し訳なかった。」

「先生がお越しになられて、久保さんも本当に喜んでいると思います。」

そう言って、ハンカチで目頭を押さえた。

「あなたも元気に過ごして下さい。」

「先生も、いつまでもお元気でいて下さいね。」

そう言って別れた。

西山は教会に入って見て、自分が部外者だと改めて実感した。
一部には、自分を今でも慕ってくれる人もいるが、大半は冷ややかだった。

西山の胸には久保との約束がしこりのように残っていたが、それを実現するチャンスを数年の間、見出す事は出来なかった。

しかし、それは突然訪れた。

日本宣教50周年記念という式典を、都内のホテルでやるので、特別ゲストとして参加して欲しいという要請が、教会の方から正式に来たのである。

本来ならば、既に教会を去った西山が行く筋合いではないのだが、西山はこれは久保の意思ではないかと感じ、参加する事にしたのだ。

当日、日本を代表する食口1200名が集められ、中には見知った人もいたが、ほとんどの人は西山が知らない人達だった。

司会者からは、西山にも10分間演説して欲しいと要請があった。
西山は、何を話すか全く考えず、その場に立った時に浮かんで来る言葉を話そうとしていた。

そして、西山の名が呼ばれ盛大な拍手の中、壇上に立った。

壇上にはライトが当たり眩しくもあったが、西山は一つ息を吐き出すと静かに語り始めた。




引用:小説 もう一つの自叙伝

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西山が、久保の婦人から連絡を貰ったのは、久保に最後の電話をかけてから随分と時間が経っていた。

久保が癌を患い余命いくばくもない状態で、病院に入院しているという事であった。
西山は、直ぐに久保の病院に駆けつけた。

病院に着くと、婦人が出迎えてくれた。久保は日中も眠っている事が多く意識も混濁する事が多いという。

西山は久保の個室の前に立った。婦人はここで待っているから入って下さいと言った。
病室のドアを開けると、大きな窓には白いカーテンが引かれていて部屋全体を白い光で包んでいた。
久保は白いベットに横たわっている。

その光景は、まるで荘厳なイコンのようで西山は暫く佇んで見ていた。

「せんせい、」

久保が嗄れた声でそう言うと、西山は我に返って久保のベットの脇のパイプ椅子に腰をかけた。
久保は無理に起き上がろうとしたが、西山が制し

「そのまま、寝ていなさい。」

と言うと、久保は諦めたように体を横たえた。

西山は久保の手を強く握りしめた。

「先生、この頃は良く夢を見るんです。先生と一緒にいたあの頃です。」

「私だって同じだよ。」

「あの頃は、先生が本当にメシヤだと思ってました。先生が強く否定すればするほど、本当にそうだと思ってたんですよ。」

「私は久保くんを初めて見た時、体中に電流が走ったよ。この男は間違いなく日本を救う男だと。」

久保は薄く笑った。

「先生、私は自分の人生に後悔などありません。本当に感謝の多い人生だったと思っています。ただ、あの時、先生と一緒に行っていれば、どうだったのだろう、と思う事もあるんです。」

「久保くん。そんな事、思う必要はない。君は素晴らしい人間だし、その通りに生きた。私は君が羨ましいくらいだよ。」

久保は笑いながら、目から一筋の涙を流した。

「先生、先生にお願いがあります。一度、日本の兄弟姉妹に先生が今思っている事を話してあげてもらえませんか?」

久保の願いは、到底難しい事だった。

何故なら西山は、今や教会にとって最大の反逆者というレッテルを貼られていたからだ。

「わかったよ、久保くん。約束するよ。」

久保は、その次の言葉が言えず、手を握り返してきた。
そして安心したように眠り始めたのだった。西山は、しばらく久保を見つめた後、病室を出た。

婦人はそこでずっと待っていたのだった。西山と久保の会話が聞こえていたかどうかはわからないが、涙を流しながら、

「ありがとうございました。」

と言った。

西山は、何かあったら連絡して欲しいと告げ、名刺を渡した。


その3ヶ月後、久保は天に召されたのだった。


引用:小説 もう一つの自叙伝

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西山は教会を辞めた後、宗教という枠ではない‘善人協会’という社会活動を始めた。西山自身が、その人生を捧げて歩んできた宗教の道に、大きな弊害がある事に気づいたからだ。

宗教のエッセンスは二つであると考えられる。それは、敬天思想とモラルである。これは人生の指針になり世界を一つにする思想である。
しかし、外して宗教はそれだけに依らない。死後の世界を説く事によって人々を縛りつけるのだ。

人間の欲望のなかで最高のものは、‘死んだ後天国に行きたい’、あるいは‘永遠の幸福を得たい’という事に尽きる。
そのようなアメを与える一方で、‘これをしたら地獄に行く’、または‘これをしなければ先祖や子孫まで地獄に行く’と脅すのである。

霊界とは不可知の世界であるから、特定の能力を持つと主張する人間が、仮にデタラメを言ったとしても反証出来ない。
だから、救いとは人の話しを鵜呑みにするのではなく、その人自身が人生の中で苦しみ、もがきながらも切磋琢磨して見つける宝だと西山は考えたのだった。

西山は、そのような活動をしながら韓国、日本、アメリカを行ったり来たりしていた。

日本に来た時は、草創期に歩んだ兄弟姉妹とも会ったりしていたのだった。
その時も、草創期に歩んだ婦人の家に来ていた。

「先生、放蕩はそれ位にして早く帰って来て下さいな。」

「わたしは放蕩している訳ではない。追い出されたんだよ。」

「どちらでも一緒ですよ。」

そんな会話をしながらも、婦人はふんだんの手料理で、もてなしてくれるのである。

「そう言えば、先生お聞きになりました?久保さんが会長外されたみたいですよ。」

「本当か?久保くんが会長を外された?どうして。」

「表向きは、教会組織を解体して個団活動をしろという指示に従わなかったという事ですが…」

「実際は、どうしてだね。」

「最近は、中国に自動車工場を作るとかで、それは激しいノルマだったそうです。全国には、教会員が家や土地を担保にお金を作って、教会に貸したという人が何人もいたそうです。
でも、教会は全部あちらに送ってしまうから返すに返せない。
それで直接、久保さんの所に陳情する人たちがいたんです。
久保さんはあの通りの方でしょ。
会長通達で、最優先に返してあげなさいと言ったんです。
ところが、その話しがあの方の所にいって…、それでと言う事らしいです。」

数日後、西山は久保に電話をかけた。
西山は婦人の家で聞いた事を久保に話した。久保は特に否定も肯定もせず黙って聞いていた。

「久保くん。だからと言う訳ではないが、わたしと一緒にやらないか?」

「先生、お気持ちは嬉しいです。しかし、わたしは、まだまだこの教会に責任があります。投げ出す訳にはいきません。」

西山は心が痛かった。自分の責任を久保に押しつけているように感じたからだ。

「でも先生は本当に勇気のある方です。先生だったら、目をつぶれば教会で楽に生きる道もあるのに…。わたしは残念ですが、先生のようには出来ません。」

それ以降、西山と久保は連絡を取り合う事も無かった。

 


引用:小説 もう一つの自叙伝

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西山のアメリカの歩みは決して平坦な物では無かった。
日本を追われるように出てアメリカで見たのは、幹部たちの腐敗であった。
日本では血の滲むような歩みの中から産み出された献金が、湯水のように使われている。

幹部たちは西山にも、平和な隠居生活を勧めたが、西山はそれを断わりサンフランシスコの教会で伝道活動をする事にした。

西山は自分の生活は、翻訳や教師などをしながら復帰し、聖日には礼拝の後、兄弟姉妹と共に伝道をするのだった。
そこで、献身者として歩む山岸という兄弟と親しくなった。彼は普段の日はFという経済活動の隊長をして、聖日に西山と伝道活動をした。
山岸は国立大出で英語も得意だった。
西山には、良く質問をしてきてディスカッションをするのが好きだった。

「山岸くん、いいかい、原理は真理だが答えではない。いわば道標だ。我々はそれを実践しながら常に確認し続ける物なのだよ。」

そんな風に言うと、山岸は飲み込みが早く、一を知って十を悟るようなタイプだった。
西山も山岸と話すのは楽しかった。アメリカでの活動も充実してきた。

西山は時折りビザの関係で韓国に帰る事もあったが、今回は親戚の法事もあって二週間ほど帰る事になった。

西山がアメリカに帰ると、信じられない事が起こっていた。

山岸が殉教したのである。

山岸のチームは、西山がいない期間、実績が低迷し何日もゼロの日が続いた。
山岸はリーダーから叱咤されると、命がけの決意をすると言って危険地帯に行くと言ったのだ。その地域は犯罪の温床になっており、地元の人間でも近づかないような地域だった。
山岸は地獄の底にも、神が準備した人がいるはずだと言い、メンバーが制止するのも聞かず一人で行ったのだった。

山岸はそこで若者たちに遊ばれ、殴られ、蹴られ、顔がバスケットボールのようになって路上に捨てられたのだった。

西山は山岸の遺体にすがりついて泣いた。

山岸は度々、自己犠牲の美徳を西山に言っており、聖書でもステパノを尊敬していると話していた。
西山は、自分がもっと自己の生命の尊さを山岸に伝えれば良かったと自分を責めた。
一人の青年を導く事も出来なかったと責めた。

それは、やがて日本の国になった。西山が命懸けで導いた筈の日本は、今や西山の思いとはかけ離れてしまった。

自分の無力さが不甲斐ない。

西山はその時、魂の叫びを聞いた。

「そうではない。そうではない。」

それは、西山自身が自分を押し殺して閉じ込めてきた内なる声だった。

その声は、長年に渡り出来た小さな無数の歪みが、大きな圧力により引き起こされた雪崩のように、西山の心を洗い流してしまったのだった。

そして、その先に見えて来た物は、実にシンプルで清々しい物だった。

「教会とは別の人生を歩む。」

西山が出した答えであった。



引用:小説 もう一つの自叙伝

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西山は、渋谷駅に向かい東横線に乗った。そして多摩川という駅で下り、閑静な住宅街を抜けて多摩川に行った。

多摩川の土手に上がると、ちょうど夕暮れの美しい空が広がっていた。

多摩川の河川敷は広く、穏やかな川が流れ、西の山並みの影がくっきりと浮かび上がり、その上には朱燃の夕日が浮かんでいた。

西山は、美しい夕焼けを見ながら、過ぎて行った美しい日々を想った。貧しくも心は豊かで、希望と笑いに満ちた日々、穏やかな時間と共に遠く過ぎ去ってしまった。

「先生、」

そう呼ばれて振り向くと、土手を歩いてゆっくりと久保が近づいて来た。
久保はちょこんと西山の隣りに座った。

「久保くん。どうして君がここに?」

「やだなぁ、先生。先生にここを教えたのは僕じゃないですか。」

久保は笑顔でそう答えた。

「はっはっ、そうか、そうだったな。」

確か、東北沢に拠点を置いた頃だ。久保が時々姿を消すと姉妹に言われ、その事を久保に尋ねると、久保は悪戯を見つけられた子供のようにはにかみ

「今度、先生も連れて行きますよ。」

と言って、後日ここへ連れて来てくれたのだった。

久保が西山を連れ、この場所に立った時、久保は

「ここで夕焼けを見ていると、めらめらと救国の意志が湧き上がるんです。」

と目を輝かせながら言っていた。

初めてこの場所から見た夕日と今日の夕日は同じ色なのに、何故か全く違うものに思える。


「先生、古木に会ったそうですね。」

久保がそう尋ねてきたので、西山は頷きながら、カバンからトークマニュアルを取り出し久保に渡した。
久保は一通り目を通すと、深くため息をついた。

「古木は今、月に1、2度あの方の所に行って日本の現状を報告しています。そしてその後、目標と指示を持って来るんです。そう言った意味では、私も表向きの会長に過ぎません。」

久保は自嘲気味にそう言った。

しばらく2人で夕日が消えるのを黙って見つめていた。やがて、山の彼方に日が沈むと久保は立ち上がり、

「先生、私は今も救国の思いは変わっていません。日本の教会はこれからもっとデカくなる。手探りで進まないといけない時もあるかも知れませんが、絶対に成し遂げてみせますよ。」

西山も立ち上がり、久保の手を両手でぎゅっと握りしめた。

「久保くん。わたしはいつだって君たちの為に祈るよ。」

久保は西山の手を強く握り返した。

空はすっかり青紫色に染まっていた。

2人は土手を並んで歩いた。

「先生、車で送りますよ。」

「いや、わたしは電車で帰る。その方が早い。」

2人はもう一度強く握手を交わすと、久保は危なげな足取りで土手を下りる。そして、下に止まっていた黒い乗用車の後部座席に乗り込んだ。窓を開け小さく手を振ると、車はクラクションを鳴らし発進した。

西山は久保の車のテールランプが夕闇に消えるまで、見送り続けた。




引用:小説 もう一つの自叙伝

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西山がアメリカに行ってから数年が経った頃、西山のもとに小包が届いた。

宛名を見ると、日本の草創期を共に歩んだ鈴木という婦人からだった。
その婦人は小さな女の子を連れながらよく伝道していた婦人だ。中には、西山が好きな缶詰や食べ物と一緒に手紙が入っていた。

本人や家族の近況が伝えられていて、あの時の女の子が大学を卒業したという。
手紙はその娘が教会に献身したとあった。その頃、韓国の教会系石材会社で作った大量の壺を、日本で売れという指示があったのだ。
それを普通に工芸品として売るには、中々難しい。その為、苦肉の策として教理の内容に絡めながら、先祖供養の為になる霊的な壺として売る事になったのだ。
その婦人は娘から話しを聞いて不安になり、誰にも言えないので西山に手紙を出したという事だった。手紙にはトークマニュアルとした冊子も一緒に入っていた。
西山は、これはいずれ大きな問題になると思い、日本に行く事にしたのだった。

日本に着くと、手紙をくれた婦人に会った。西山が日本に来た事に戸惑う婦人であったが、西山があなたから聞いたとは絶対に言わないと話し、西山の性格をよく知っている婦人は娘から聞いた話しを伝えた。

ある兄弟が販売ノルマに堪えられず、これを買えば先祖の条件になって先祖が救われるというトークで販売した所、急激に実績が伸びたそうで、それを全国会議で話し、古木を中心として分かりやすく的確なトークが考案されたという事だった。
今後は、この方法で全国で販売していくという方針が出されたばかりだったようだ。

西山は、古木に直接会う為、古木が社長を勤める渋谷の会社を訪ねる事にした。会社の近くに行くと電話をかけた。

「西山先生ですか?お久しぶりです。どうされたんですか?」

「今、用事で日本に来たのだが、近くに来たので時間があれば顔でも見ようかと思ってね。」

「先生は、今どちらですか?」

「いや、実は渋谷なんだよ。」

「じぁ、近くの喫茶店でも行きますか?」

「いや、迷惑で無ければ君の会社でどうかな。」

「わかりました。お待ちしています。」

西山は少し待ってから、古木の会社に入った。

社長室に通され、簡単に挨拶や近況を報告し合った。コーヒーが運ばれて雑談を2、3交わした後、西山は

「最近、韓国から輸入した壺の販売を始めたそうじゃないか?」

古木は一瞬訝しそうな目をしたが、

「よくご存知ですね。誰から聞いたんですか?」

「いや、人づてにね。」

「まぁ、主の国から要請があれば、それに応える。それだけですよ。」

西山は、カバンからトークマニュアルを出して古木に見せた。

「壺を販売するのは問題じゃない、販売の方法は、もう少し考えるべきではないのか?」

古木は悪びれた素振りもなく

「全く、外部には出すなとあれ程言ったのに」
と言った。

「古木君、この販売方法はいずれ問題になる。しかしそれ以上に、これは原理のみ言を金に変える行為だぞ。」

西山は強く、それでも諭すように古木に言った。古木は深く目を閉じてから、ふーっと息を吐き出すと

「いいですか先生。それもこれも、あの方が望んだ事なんですよ。」

西山は返事をする事が出来なかった。古木の強い言い方に臆したのではない。
古木の言葉に返す言葉が浮かばなかったのだ。
西山はカバンにマニュアルを仕舞うと、
「邪魔して悪かった。」

そう言って、その場を立ち去ろうとした時、

「先生は、相変わらず変わりませんね。もう少し柔軟にされた方が良いと思いますが、」

そんな言葉を背中に浴びせられた。

西山は駅に向かう道で、かつて共に歩んでいた頃の古木を考えていた。
あの頃は、誰もが純粋に日本や世界の未来を考えていた。古木とて例外ではない。誰よりも純粋に歩んでいた。

西山は最早、自分が部外者なのだと痛感した。
この東京も自分がいない数年で随分変わってしまった。

西山には、既に日本に居場所がない事を実感するのだった。




引用:小説 もう一つの自叙伝

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日本の教会は破竹の勢いで発展し始めて来た。

久保が初代会長になり、数年後に勝共を立ち上げたのだ。

久保は元々、保守派の学生運動のリーダーをしており、保守系の政治家などとも顔見知りであった。
そして、ある大物政治家の支持も受けられ、その政治家の私邸まで借り受け拠点にしたのだった。

全国でも伝道の嵐が吹き荒れ、地方の教会にも人が入り切れない位に増えていった。

そして、その頃から韓国から再臨のメシヤが来日するようになったのである。
西山も初めの頃は感無量であった。自分の全ての苦労が報われたとも思った。

しかし、教会の中には少しづつ微妙な空気が流れ始めたのである。
韓国から再臨のメシヤが来るまでは、ほとんどの食口が西山こそ再臨のメシヤだと考えていたのだ。

その振る舞い、行動、精神…

誰もが西山にイエスキリストを重ねた。
しかし、実際のメシヤが来るとメシヤに従う者と西山を慕う者が自然に出来ていった。

再臨のメシヤからは、アメリカでの活動に力を入れる為、法外な献金の要請が来始めた。

しかし、西山は日本は今、育ち始めた若木だ。まずは日本の基盤をしっかりと固める事が優先だという姿勢を崩さなかったのだ。

日本の発展は、日本人の魂によるものだと主張し、その為に無理な海外への献金は辞めようと幹部たちと話し合った。

そのような西山の温情が、却って西山自身を追い詰める事になっていった。

「西山は、教会を私物化している」

「西山は洗礼ヨハネなのに、自分の教団をメシヤに繋げられず、二千年前と同じ過ちをしている」

そんな噂が西山の耳にも入るようになっていった。
西山はそれらの言葉に胸をえぐられるように痛み苦しんだ。

西山は、段々要職を外され追いやられていった。

そしてついにアメリカへの人事が言い渡された。

人事は天事だと教会では教えていた。西山もそのように考え、そのように指導してきた。

しかし、明らかな西山外しに心を痛めた。
神に祈りもした。

その時の西山には受け入れる以外の道が見えなかった。

全てを捨て、生命を掛け、全身全霊で日本という国と人を愛した西山は、苦渋の決断でアメリカに旅立ったのだった。




引用:小説 もう一つの自叙伝

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